祭り太鼓が海を渡ってやって来た
2005.10.1 〜10.2 |
私は何を隠そう祭り太鼓のファンです・・・わぁーはっはっは・・・!? そもそも私と祭り太鼓との出会いは・・話すと長くなりそうなのでやめておきます。 長崎支部7周年記念公演を初めて見て、家族でファンになり、娘が仲間に入れてもらい3年になります。 |
その長崎支部が昨年10周年を迎え、県内あちこちで多くの人とふれあいたいと、ちょーどいい具合に対馬に転勤になったひめ一家にお話がありました。太鼓ファンのひめ一家としてはこれは何とかせねばいかんと思ったわけです。 対馬はやはり離島です・・・当たり前ですが。 内地と比べると文化に触れる機会がだんぜん少ない。初めて島へ住んで実感しました。海を渡るには多くの労力が必要なのです。 子供たちにこの祭り太鼓を見せてあげたい!最初の想いはひとつでした。学校に相談して体育館で地区の子供たちと交流が出来れば・・・と。 |
さて、日時まではとんとんと決まったのですが、夏休み明けの体育祭準備と重なり、学校が忙しい中、なかなかうまく運ぶことが出来ず、ひとり少々焦り始めました。 まず、地区の支所へ回覧ポスターのお願いへ。ここでいろいろと助言、協力を頂き、なんとか広報活動が始まりました。これが3週間前だったかなぁ。 それから地区の若者会?を中心に実行委員を立ち上げてくれ、地域で盛り上げよう!となったのです。これが2週間前です。 このとき実行委員の誰もが祭り太鼓という存在さえも知らなかったと思います。私たちのつたない話に耳を貸し、よく賛同してくれました。感謝。 このとき、後の実行委員長の言葉 “せっかくきてもらうとやけん、喜んで帰ってもらわんば” |
それからの実行委員のみなさんの行動力といったら・・・!期間が迫っていたので仕事を持ちながらみなさん大変だったと思います。 地区の人にも助けられました。 “一家で楽しみにしています”と声をかけてくれた保護者の方。 “なんかあったらごめんなさいとボクが謝ります”と言ってくれた先生。 “ばあちゃんもきてよかね〜”といってくれた近所のおばあちゃん。 おろおろしていた私をどんなにか心強くしてくれたことか・・。 私の最初ひとつだった想いはたくさんに大きくふくらみました。 |
10月1日 〜この日はえらく暑い日でした。 前日は夜遅くまで会場設営。〜途中差し入れのろっぽう(かわはぎ)のフライ 、天ぷら、おいしかったです〜 ポスター、看板、照明、音響、駐車場、案内 etc...すべて手作りです。 祭り太鼓一行が到着して、時間もおしていたのでばたばたと実行委員との初顔合わせ。“いちゃりばちょーでー”(出会えば兄弟さっ)ステキな出会いのはじまりとなりました。 港からここまでの山越え、車酔いした人が若干1名〜。 |
一番の心配はどれだけたくさんの人が来てくれるか・・ということ。 人を集めるためにはどうすればいいか・・・打ち合わせの段階でいろいろと案が出されて・・・ビンゴゲームとかいうのもあったような・・。 そんな心配をよそに次から次へと会場へ人が集まってきました。人が途切れないので開演時間が遅れたほど。 子供たちもたくさん集まってくれました。特に中学生は先生方が奮闘してくれて・・・・この日に学級レクレーションをひらいたり、バスのでないところは送迎してくれたり・・・・。 総計300名〜実行委員一同うれしい悲鳴です。 |
実行委員長あいさつ いつになくまじめな な顔できんちょー |
“ミルクムナリ”ではじまりました。 会場の様子 “ほおぉぉ〜っ!” |
ワークショップ”七月エイサー” みんなで踊ります。 ヘーし(かけ声)の練習もしました。 〜中学生の感想〜 *一緒に踊れてうれしかった。 *参加して練習するうちに楽しくなってほとんど覚えました。とても楽しかったです。 〜先生たちの感想〜 *子どもたちのこんなに生き生きとした顔を見ることが出来てうれしかったです。 〜私の感想〜 *え〜っ!いつもはあんなにシャイな子らが〜!? |
演舞曲 1 ちばりよー(がんばれー) 2 安里屋ゆんた(あさどやゆんた) 3 クーダーカー 4 年中口説(ねんじゅくづち) 5 地翔どーい(ぢとびどーい) カチャーシー(みんなでおどろ〜) 〜忘れられない笑顔がいっぱいでした。 |
拍手の後に自然とわき上がったアンコールの声 ・・・実はサクラもひそかに準備していたのですが、無用の心配でございました。 アンコール“大地の花”〜長崎支部が対馬公演にあわせて作った演舞です。今でもこの曲をきくときゅんとします。 |
大きな拍手の中、支部長のあいさつで幕を閉じました。 |
観客のみなさんをお見送りです。 よかったよー、たのしかったー、ありがとうー、と声をかけてもらって太鼓のメンバーも実行委員もうれしい笑顔、笑顔、笑顔・・・・たまに泣き顔も・・。 |
余韻を残しながらもバタバタとお風呂へ。これまたご好意で女性は施設の大浴場へ、男性はひめ家の小さな小さな・・・シャワーでがまんしてもらいました。 その夜は宿泊場所に貸していただいた公民館で、実行委員や地区の人たちと交流会。地区の人の手料理のごちそうです。差し入れもずいぶん頂きました。 遅くまで語り、笑い、踊った?一夜でした。 |
10月2日 ゲリラライブ的なことをやれれば・・と話があったので美津島町のパルのステージをお願いしていました。 こんなところにステージがっ・・・!と私の対馬の七不思議のひとつ(後の6つは何・・・!?) ここしかない!と商工会の方やパルの方にいろいろとご協力頂き、実現した駐車場ライブです。 |
前夜の雨も上がり、太鼓日和?の中始まった演舞。午前と午後の2回公演でしたが、ここもたくさんの人にみてもらいました。午前中に偶然通りかかった人の中には午後からお友達連れで見に来てくださってたり、お店の方には差し入れもたくさん頂いて・・。 パルの事務所の方からは機会があればまた是非にと言っていただきました。 |
ここも実行委員のみなさん、 朝からかけつけてくれました。 |
船の時間までのちょっとの間、上見坂の展望台へ。 あっという間の2日間、もっとあちこち案内してあげたかったな〜〜と、小茂田しか知らん私ですが・・・。 初めての対馬での祭り太鼓。またファンがきっとたくさん増えたことでしょう。すべて順風満帆に事が運んだわけではありませんが、ケーブルテレビのインタビューの中での実行委員長の言葉が印象的でした。 “ひとりひとりの力が合わされば大きいこともできるんだなと実感した”と。実行委員の誰もがそう思ったに違いありません。 |
南の島の沖縄からの文化が、遠く離れたこの島で笑顔の花を咲かせました。 離島の小さな地区だけど、ここから発信された大きな力は感動となってそれぞれの心に残りました。 |
このとき、ひめ一家は対馬に来てまだ半年。もしかしてこのために転勤になった・・・!? そう思わせてくれた実行委員をはじめとする地区のみなさん、祭り太鼓のみなさんに、ひめ一家、大きく礼m(_ _)m |
琉球国祭り太鼓長崎支部のホームページ 十周年記念公演IN対馬はこちらから〜 |